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こんにちは、fymartymです。
本当の気持ちがうそになる?
会社辞めたいと言う人が辞める様子が見られなかったり、結婚などしないと言っていた人が早々に結婚する様子が観測されたりする。前者は仕方ないが後者には泣かされることがある。
もちろん、嘘をつかれたとかそういう話ではない。言ってる方は本気で、ただ期せずして現実が乖離してしまっただけというのが大半だ。
私は会社を辞めたいと言って、それが逆言霊のかたちで成就しなくなるのはつらそうだと思った。それは自分が辞められないこと自体がつらいのではなくて、「辞めたい辞めたい詐欺」と捉えられることで白眼視されるのをよしとしなかった。誰もお前のことなど見てはいないというのが正解な気もするが、小心者というのはこういう性質だから仕方ない。なので、そういうそぶりは見せていなかったつもりだ。少なくとも会社では。そもそも人間との交流が希薄なので、そぶりを見せる相手がいなかったというのもあるが。
会社を辞める
現職の人事で公示されたので日記としてそれを記す。
今は伝統的な日本企業といえる事業会社におり、名状し難いような業務をしていて、7月からは外資系のITベンダにいきます。ハイパーコンサバティブである(という風に自認している)ところの私が転職、しかも外資にいくとは自分でも驚きとしか言いようがない。
私のような平凡な人間が転職するには自分から動かねば何も始まらないので、なんか勤労に関する話を日記にあまり書きたくなかったのだが、今回のことは生きている中では(少なくとも今は)インパクトのある出来事だと認識していることもあり、ことの次第を書いておく
転職活動を開始するには
私の場合は以下のことが必要だった。
- 辞めたいなという気持ち
- 行きたいなという企業(やりたいなということ?)
- CV(Curriculum Vitae)の用意
- 行先とのコンタクト
1つ目はまあ、転職するしないに関わらず多くの人が自然と抱える感情だと思う。
2つ目はどうやって見つけた・探したのか? 私が企業や業界に対して漠然と憧れるものを持ったとき、自分には無理だと結論づけてしまうことがほとんどだった。だからこれを見つけただけではネクスト・アクションに進めないという問題を抱えており、そういう理由で私は1つ目の感情を抱え続けたまま5年くらい現職にいたわけだ。
これだと正対した答えになっていないのでもう少し事情を説明すると、これは3つ目、4つ目の用意にも関わってくることになる。私はTwitterが好きで特にリストの運用閲覧で時間を浪費するのだが、ここに、仕事に関連しそうな情報が流れてきそうなリストを設けている。去る2月初頭、そのリストの中でとある企業の「こういうロールがありますよ・ご紹介リクルートイベント」開催のお知らせツイートをたまたま見つけることができ、これに応募したのだった。その時は本気で転職を考えていたわけではなかったが(自分が平凡あるいは良くない方だから無理かろうと思った)そこから具体的な転職への道が始まった。初めてとったアクションだった。応募フォームには「もしあれば職務経歴書も」とあり、添付することができたが、当然転職について夢想以外のことをしていない私には用意がなかった。そのため、当初は、なんか準備全然してないし恥かくだけだから応募しない方がいいよなと日和っていた。私には聡明なパートナーがおり、こんなイベントを見つけたんだと相談したところ、今すぐ応募すべきだと言われた。「でも職務経歴書がないよ。ぴえん。てきとうに用意してからでいいかな」などと逃げ口上をのたまったところ、その間に応募締め切られるかもよ、せっかくのチャンスを逃すよ、と言われた。それでそのまま応募した。応募してイベントが始まるまでの間に職務経歴書はCVとして用意したし、イベントの後にはリクルーターからコンタクトがあった。
3つ目のCVは、キャラクターボイスのことではない。上記の箇条書きで示したとおり「Curriculum Vitae」のことだ。Qiitaのこの記事なんかがわかりやすい──オープン職務経歴書を書いてみた@Sa2Knight。つまりこれが職務経歴書で、githubで見つけたいくつかのものをお手本にして作った。名状し難い業務をしているというのは本音だが、ここではちゃんと分解して書いた。文章を書くこと自体はその巧拙を度外視した上で好んでいるものの、CVについてはその気持ちはなかった。しかし、これをきちんと書かなければどうにもならないのだ。どのことを書けばよいのかや、過少にも過大にもならないようにはどう表現すべきなのかなどについて半ば発狂しながら書いた。だがいいこともあった。自分の顔写真なしで物事を進められるのは本当に快適なことだ。
4つ目も前述の通りだが、せっかくCVを作ったので他のところにも応募だけしてみようという気になった。なので別の企業の採用情報などもあたってみて、それでその企業のリクルートポータルに登録して、記載されていた「求められるスキル」の類に対しては自分への最大の甘い評価を下し、応募したりした。考えられない行動力だと思った。でも私はそうした。今しかないと思っていたからだ。なぜならば……
新型コロナ感染症
この騒ぎは、最悪な表現をさせてもらうと、私にとっては僥倖だった。
私は就職活動というものがとても嫌で、何がというと、自己アピールすることもそうだし、それを人間に向かって話すというのを絶望的なほど不得意にしていた。新卒就活の日々は今振り返っても悪夢だ。もともと自己否定は得意だったが、それは他者からの否定に対する先手としての逃げだった。就活は私が降参しようがお構いなしに否定の追撃をし、結果的に毎日枕を濡らすことになったわけだ。
果たして、コロナはその性質によって働き方をほぼ強制的に刷新した。それは企業の採用活動も例に漏れずであった。
上述のリクルートイベントからすべて、選考のフローはリモートで行われた。ビデオをオン、あるいはオフにして行うインターネット越しの面接。私がいるのは愛する自室、リラックスするのに最も適した環境。ディスプレイには伝えるべきことのカンペを用意できた(これはバレバレだったかもしれないが)。提出したCVや自分の表情を確認しながら話すことができる。
こんなことはもうないと思った。今現在の状況を考えると、恒久的に働き方が見直されていく可能性は大いにあるのだが、渦中の私は「今じゃなければ無理だ」と感じていた。だから応募はやけくそのようであった。しかし選考が進むにつれ、転職がもしかしたら現実的なものなのかもしれないというような感覚が、確かに私には芽生え始めていた。
ちゃんと生きよう
転職を経験している他の人に聞くと、なんらかエージェントを使っているケースが多そうだった。でも多分、その方式は私には無理だっただろう。会社辞めたい、の気持ちだけでは私はアクションを起こせないのだ。そう考えると私の人生は限りなく受動的で、これは改めていかなければならない数多くの欠点のうちの一つだ。
しかしエージェントを通さなかったことによる苦しみが一つあった。内定辞退だ。こんなこと新卒就活のときにはあり得なかった。私はいつも祈られる存在だった。そうなってみて思ったが、お祈り申し上げますなどとは到底言えるものかと思った(募集してる方は狙い撃ちではないから祈るとしか言いようがないのかもしれないが)。応募したからには行きたい気持ちのある企業だった。それでも選ぶしかなく、泣きながらメールを打ったし、本当に悲しい気持ちで電話をした。選考に対して感謝の気持ちがあり、そしてそれを述べるべきだと心から思ったが、選ばなかった上でありがとうなどとのたまうのがこの上なく傲り高い行為に思えてならなかった。こうして、選ぶということが難しいことだというのを初めて知った。それでもなお、私は選ばれないことの方がよっぽどつらいと思うし、こんな贅沢な泣き言を記すことも、正直躊躇われるのだが。
会社を辞めるという選択は本当に自分でも驚きのことで、辞めたい気持ちを抱えていたからにはめっちゃいい会社だと手放しに言えるわけではないのも事実だが、一労働者として悪い会社でないことも事実だと思う。その他の大半の企業と同じように良い点と悪い点があって、どういうところに比重を置くか人それぞれだから、中にはとてもマッチするという人もいるだろう。ここでしか働いた経験がないのでそれが正しい感覚かどうかはわからないが、例えば転職を考える知り合いに対して候補の一つとして挙げることはおおいにアリだと思っている。どう思われるかは別にして。それから、事業会社なので、自分が身につけるべきものとは異なる職能を持つ人との業務上の関わり合いもそこそこあり、このことは今にしてみれば面白い経験だと思った。今後二度とないことだと思うと、余計に。
それに、新卒就活がつらかった話と現職への入社を振り返ると、あの時に人事担当だった人からはとても救われる言葉をかけられたものだ。「fymartymさんは実力よりも自信がないように見える」──いやそれ心理テストみたいに誰にでも言うやつやでwという感じかもしれないが、内定だと聞かされてその言葉を受け取った私は、長い就活の中で初めて肯定されたのだと思った。
2月の終わり頃、ほとんど3月に入ってから始めた転職活動は4月の終わり頃に届いたオファーの受諾によって終了した。
そうともなれば考えるべきは今後のことだ。私は英語に関してはTOEIC335点の実績しかなく、それで外資とはなんともはや、という感じだ。多様性への寛容さに甘えてるのでは、とハイパーコンサバティブな私の心の声が聞こえる。選考には技術試験と英語試験が含まれていたし、それで通してもらえたということにはもちろん甘えるが、自惚れず、これから克服していくしかない。社内の技術トレーニングなどは大体英語だそうなので、泣きながら中学英語をやっている。もちろん技術に関しても基礎体力ゼロなのを少しでも肉付けしていかなければならないだろう。それから、多様性には「寛容」というのは相応しくない。当たり前に存在するものだという「理解」だ。
自分から自分の要素がなくなっていくことは怖いことだ。私は停滞を好んで、諸行無常など冗談じゃないと思っていた。それは思春期頃からそうだったし、今も若干そうだ。でも、働き始めてからは少し違う。本を読むように……というのはちょっと言い過ぎで、本に興味を持つようになった。本というのは、物の本だ。まったくの他人とコミュニケーションを取らざるを得ない環境は過酷だが、それは知らない世界を自分に見せてくれることでもある。だから、本に興味が持てるようになった。それまでの私は特定の作者の小説ぐらいしかまともに読んでこなかった。それなのに、私は私に対してリテラシーがあって察しのよい人間だと思いこんでいた。そんなことはないのだ。何もない、何も知らない、そういうことがたくさんある。その事実に感情を動かされて「本を読むようになる」ことができたら、それはそんなに悪いことじゃないんだと思う。新しいものを取り入れることは私を私でなくしてしまいそうでとても怖いけど、アップデートされないことはきっともっと危ないことだ。
大学に通っていたときに知った言葉で興味深いと思ったものに「選択的受容」というのがある。科学的な方面というよりは社会学の類のカリキュラムで取り上げられた言葉で、たぶんあまりポジティブな意味合いで触れられていたわけではないと思う。だけどこの性質から私は逃れられないだろう。そのことこそが様々なことを知るべき理由だと思っている。どんなに歩み寄ろうとしても気に入らないことや受け入れられないことはあるもので、それがわかれば自分の輪郭がはっきりしてくると思うのだ。譲れない何かは、譲れなくもない他の数多くのものを知ってようやく気づけるのだと思う。嫌なことからは逃げて楽をしたいし、生きるのに苦難を伴うのは到底ごめんなのだが、それなら苦しまないための知恵をつけなければ。その手段はもしかしたら本を読むだけじゃないのかも? その答えも、きっとどこかで手に入れる必要がある。だから、死なないなら、ちゃんと生きよう。